予備校講師のつぶやき 〜教育改革がいきる力を育む〜

地方在住の予備校講師(英・国・小論文) STARWARSが何より好き (SNOOPY、チェブラーシカは別格扱い)

"アヤパネコ (Ayapaneco)" と "平安時代 (Heian period)"

「アヤパネコ」って知っていますか?

アヤパネコとは、メキシコのタバスコ州で話されている(た?)言語の一つです。元来、少数派が使っていた言語であったそうですがそれでもれっきとしたコミュニケーション媒体として成り立っていました。

しかし、スペイン語の識字能力を向上しようとする国の政策が浸透するにつれて、段々と使われなくなり、また、過疎化も進んだことによって、今現在は、母語話者としては、「マヌエル・セゴビア「イシドロ・ベラスケス」のたった二人になってしまいました。

そしてさらに、二人はとても仲が悪い(笑)ので、対話さえも成り立たないという、「絶滅危惧種」の言語です。

 

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仲の悪い(苦笑)「マヌエル・セゴビア「イシドロ・ベラスケス」

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"科学 (science)" と "帰納 (induction) 演繹 (deduction)"

進路指導や個人面談をしていると、保護者の方や生徒がよくこう言います。

「うちの家系(僕・私)は文系(理系)だから〜」

 

僕はそれを聞くといつも「科学」という言葉の意味を説明することにしています。

普通、「科学」と聞くと連想するのは「物理・化学・生物・地学」などです。つまり、理系の分野のイメージが強いと思います。

でも、「科学」という言葉の本来持つ語義は、広い意味でいうと

「物事を、客観的に分析して、体系的に情報処理すること」

実は、日常的にみんなやっていることなのです。

 

例えば、主婦の方が、スーパーで山積みになったリンゴの中から、一つを選んで買い物かごに入れること、これも「科学」です。

それまで幾度もリンゴを買ってきた主婦の方は、経験則からどんな「色・形・大きさ・香り」がするリンゴが美味しいのかについて、自分の脳の中、いわば、膨大なデータベースから必要な情報を取り出して、山積みのリンゴからベストなものを選び出しているわけです。

でも、その方も、リンゴを買う経験の浅かった頃は、きっと甘くなかったり水分の少ないリンゴを買ってしまったかもしれません。その後、幾度も買い物を経験して、少しずつ「真贋を見極める」リンゴの選び方を体得したはずです。

このプロセスの「経験を経てリンゴの選び方を習得する」部分を帰納と呼び、また、「習得した選び方を駆使してリンゴを選ぶ」部分を『演繹』と呼びます。

 

帰納』『演繹』はいずれも哲学用語なので難しそうですが、そうでもありません。

「具体 → 一般」が『納』(具体例が一般法則にっていく)

「一般 → 具体」が『繹』(一般法則を使って具体的に習してみる)

帰納induction)』 "in-"は"中に入る”の意味

『演繹(deduction)』"de-"は"外に出る”の意味

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" 今を生きる(Dead poets society)" 1989(米)

自分の高校生活は、不条理な管理教育の真っ只中、理由をつけては捕まえられ、体育教員に殴られ蹴られの日々(すごい時代だ。。苦笑)。

小学・中学時代に感じていた学問の魅力は消え失せ、暗澹とした毎日を過ごしていました。

「校則を守り、ただ従順に勉強だけしておけばいい!それができないなら、ここから去れ!」と、価値観の押し付けに対して反抗的な僕は、謹慎・停学を命じられ、結果、大人、特に「教師」なんて微塵も信用できなかった高校二年生。

そんな時、この映画に出会いました。

 

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〜ストーリー〜

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産業化した「教育」に一石を投じるために。

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" 今を生きる(Dead poets society)"  1989(米)

 

18歳から携わった「受験業界」、20年以上現場に立っていると、毎年段々と強く感じるようになってきたことがあります。

 

「デジタル化、情報化」が急速に進み、既存の価値観が多様化していく。その中で、気づかぬうちに様々なものに振り回されている彼ら。

成長社会は終わりを告げ、成熟社会に入ってもう10年以上。

それにもかかわらず、アナクロな思考や産業化したシステムに翻弄されて、時に無為な時間を費やすことにもなっている。

 

「ことば」の持つ力、「知識」を「知恵」に、そして「創造」へと変える力、

『次世代がこれからの社会を「いきる」力を育むために何ができるか』

自分の観点から考えてみる場所として、ブログ開設しました。

 

講義だけでは伝えきれない様々な知識・教養・そして生き方。

次世代を担う彼らに、僕たち大人がすべきことは何なのか。

これから徒然と綴っていこうと思います。