予備校講師のつぶやき 〜教育改革がいきる力を育む〜

地方在住の予備校講師(英・国・小論文) STARWARSが何より好き (SNOOPY、チェブラーシカは別格扱い)

"夜空を見上げる 〜Gemini meteor shower〜"

繁忙期のこの時期、思考が停滞します

そんな時はとりあえず、夜空を見上げます。

Gemini meteor shower / しし座流星群

 

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f:id:takehammer1102:20171213230628j:plainToo much light here...  

"月と金木犀" 〜麗しき 宿世と結ぶ 金木犀〜

今日は仲秋の名月、今年は十三夜月の名月。

この時期がくると、どこからともなく香る金木犀

 僕は、月と金木犀の織りなす空気感が一番好きです。

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「 月を美しく彩り、そこから落ちてきた種が地上で育った」それが金木犀だ、という言い伝えもあります。

これまでの人生で経験した、大きな挫折、大きな喪失、大事な人との別離、別れ、そんな時も、必ず「月」を見てきました。

「1年」という時間は「満月12回」、そう思えば、先の不安がすうっと消えて、「今自分ができることをやり残さないようにしよう」と自らに言い聞かせる時期でもあります。

数年前、月を正視できないほど悩み苦しみ抜いたこともありました。でも、それでも、月は巡り、月は変わらず、この世を照らしています。

 

月の持つメタファー

「別れ」と「再会」、「赦し」と「想い」、「生」と「死」

様々な概念を併せ持つ月を、これまでどれだけの人間が眺め想いを込めてきたのか、、

 

古典の講義、この時期は生徒に必ずこういいます。

「月を見ろ、なんか感じるだろう、そしたら、一句詠め、うまくなくたっていい、詠んでみろ」

何人かの生徒が詠んだ句、これまで何度かみせてくれました。みんな、いいんですよね、若いなりになにかを句にこめようとしている、伝わります。

 

今年はどんな句が生まれるのか、楽しみです。

 

そういえば、月見団子を食べたのは、人生一度だけ(苦笑)なぜか駐車場で食べてました。

あの時の月は、本当に澄んでました。

 

 

 

 

"教育改革①" バカロレア教育

先日、僕の予備校でバカロレア講座」を開催しました。

テーマは「Biology 〜Frog〜」「Technology 〜A.I〜」です。

 

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「教材・講義内容は全て英語です」という触れ込みに怯えながら(笑)のべ70名ほどの生徒が参加してくれました。理解しやすくするために、動画などの資料(もちろん英語only)を多用し、カエルが自然保護運動のシンボルとなる理由、また、AIが今後変えて行くであろう可能性、また、それと共生するべき人間の姿、などについて120分、みっちりと学んでもらいました。

 

 

また、事後アンケートを見ると、概ね好評だったようで安心しました。

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バカロレア教育」、聞きなれない言葉だと思いますが、正確には「国際バカロレア(IB)」というもので、「母国語以外の教科を英語で学ぶ」というものです。

インターナショナルスクールや一部の私立高校では実施されているようですが、僕のいる地方のような大半の地域では実施・導入のめどは立っていないようです。

文科省のおっしゃってることを要約すると

「中学の英語教員さん、理科(生物・化学・物理・地学)の内容を勉強し直して英語で講義してください」

「高校の理科(生物・化学・物理・地学)教員さん、英語を勉強しなおして英語で講義してください」

 だと思います。縦割りの日本教育界で、それはさすがに無理ですよね(苦笑)

 

「英語が話せる = 賢い・勉強ができる」

そんなイメージを持っている人が多いのがこの日本です。果たしてそうでしょうか?

 

 
英語を「手段」にすること、今までの英語教育から抜け落ちている視座、もともと自然科学が一番好きだった僕が、たまたま英語が使える、そして、偶然、教育の世界にいる。
 
これからの世の中で必要なもの「英語・会計・IT」の3つ、それを備えた僕の教え子たちが活躍してくれること、そんな願いもあります。
 
今回の教育改革、形骸化させないためにも、頑張ります^^

"The Milky Way"

「満月の夜、感じる寂しさは、満月自らが作り出す。天空を独占する自らの光、その寂しき光により、孤独となる」

 

普段の夜空に輝く星々、幾千万もの星々がそれぞれに輝く空、でも、満月の夜、そこには星は見えない、なぜならば、月光の明るさ故に、星々の煌きは見えなくなるからです。

 

太陽を「陽」とするなら、月は「陰」、日常ではない非日常こそ「陰」、本当の心も「陰」、月の持つメタファーとはそこなのでしょう。

 

でも、今日は七夕、雲の上には「天の川」の広がる天空の器。

きっと、今晩の月は、さみしくないでしょう。

星々に周りを囲まれ、天の川では織姫と彦星が再会の涙を流し、月もきっと、久々の温もりに包まれているかもしれません。

 

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pass:kumanurie

 

takehammer1102.hatenablog.com

 

 

 

" A Bronx Tale"  〜ブロンクス物語 / 愛につつまれた街〜

 

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父親とは何か」
 
直接胎内から産むことのできる女性(母親)の持つ我が子に対する「母性」は、何よりも強い愛を産む(中世には「心の闇」とまで表現されていました)
 
では、産むことのできない男性(父親)は、我が子にとっていかなる存在であるべきか
僕なりの答えが見えかけた映画があります。
 
 
 
 

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「"A Bronx Tale" 〜ブロンクス物語〜 」(1993 米)
 
オフ・ブロードウェイの作品(一人芝居)を、ロバート・デニーロが初監督・主演した作品です。
 
デ・ニーロ扮する父親は、息子のためを想い不器用ながらも精一杯接する、そんな父親に育てられながらも、街の顔役的ギャングと親しくなっていく息子、親の愛に気づけていない彼。
誰しもが一度は経験したことがあるような親子間の微妙な空気を、見事に表現しています。
 
デ・ニーロが息子に度々発する
「才能を無駄にするな」
という言葉。
「人生は選択だ、選択の積み重ねが人生をかたち作る、才能を生かすも殺すも結局は自分の下す選択次第なのだ」
 
 
 
 
価値観の多様化した現在、社会構造も変わりました。「家庭のあり方」もそうでしょう。
かつて僕の時代には「父親参観」「母親参観」というものがありました。しかし、今の時代、ひとり親世帯数は当時の何倍も増えました、ですから、そのような表記はされません。 
 
父親・母親でなければできないこと、確かにそれもあるでしょう。でも、ひとり親家庭の子供達でも、たくさんの本にも出会えます、たくさんの映画にも出会えます、そして、たくさんの人間にも出会えます。でも同時に、周囲の環境、価値観、もっと言えば、身勝手な大人の都合。わがままに振り回されているのも事実です。
 
僕の生徒にも当然ひとり親家庭の子供たちはたくさんいます。家庭の事情から、アルバイトをしながら高校、予備校に通う生徒もいます、でも、彼らの目から光は消えていません。
父親がわり、とまではいいません。でも、そんな彼らに、僕が普段、講師として関わる中で、今後長く続く彼らの人生において意味ある出会いとなり、少しでも力になれることを願っています。
 

 

ブロンクス物語 HDマスター版 [DVD]

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"Till death do us apart"

『愛と恋の定義は?』

こう聞かれれば、いつも答えは一つです

『愛は、永遠に"与える"もの』

『恋は、一時的に"求める"もの』

 

 

 

 

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1972年、イラク北部のテッペ・ハサンラの遺跡で発見された男女の遺骨  "Lovers"

 

時は紀元前8世紀、アッシリア朝の時代

戦火を逃れた二人は、急場しのぎの地下壕に逃げ込み、その後、何らかの原因で壕が崩壊し二人は生き絶えた、そのままの姿で現代まで二人はずっとここにいました。

男性が女性を抱き寄せ、女性が男性に口づけをするようにも見えます。

 

結婚の誓いの一節に

「"Till death do us apart" (死が二人を分かつまで)」

というものがあります。

 

「宿命に翻弄され、運命に弄ばれるのが人間」

昔も今もそうでしょう。

洋の東西を問わず、胸が張り裂けんほどの苦悶を感じながら生きること、それが「生きる」ということ

 

この"Lovers"を見て、不定形の何かが心を揺さぶりました

 

小さな小さな存在でしかない人間

有史以来、歴史の表に出ずとも

皆が「愛」を探してきたのだと思います。

 

 

仏教における「輪廻転生」の思想

僕の敬愛する「西行」においても然り

古文の世界でも、現世で結ばれなかった二人が、来世の再開を誓うくだりは多く見られます。

 

「覚悟」を決めて

「死が二人を分かつまで」

「許し赦す、時の経過を静かにしのぎ、祈りとともに受け入れ、死が分かつまで信じぬく愛」

 

 

40代、死生観なるものが定まる歳かもしれません。

 

 

 

takehammer1102.hatenablog.com

 

"職業=人生なのか" Life is like a shooting star

「先生はどうしてこの職業選んだのですか?」

最近、保護者さま、生徒からも何度か聞かれました。

確かに。。そう思いますよね。見た目・容姿もアレですし。。

まして、幼少期に、「予備校講師」になりたい、と思ったことはありません。

(今の小学生のなりたい職業ランキングにYou Tuberとありましたが・・・)

 

 

「なりたい自分になる」

理想通りの人生を生きる人間はこの世の中に、それほど多くはありません。計画した通りの人生を歩んでいるつもりでも、必ず何度も修正を必要とする岐路に立つはずです。その度に、その時点の自分の経験・価値観で精一杯悩み抜き、腹を決めて、選んだ道を迷わずに進む、その結果が人生だと思います。

 

昔から僕は、ただ漫然と生きる人生にはしたくない、と思っていました。

「太く短く生きる・細く長く生きるか」

そのどちらでもなく

「太く長く生きたい」

人生の最期に振り返った時、歴史の偉人やヒーローでなくてもいい、「何のために生きたのか・誰のために生きたのか」それを純粋に貫けたと胸を張れる人生にしたいなあ、と。(つまり、ある意味夢見がちでしたね。。)

 

20歳、30歳、そして40歳の今、それぞれのタイミングで僕の人生を振り返った時、登っている山の高さによって見える風景が違うように、見渡せるモノ・ヒト・自分はそれぞれ違っていました。でも、「先に見える景色」ではなく「先に見るべき景色」はより鮮明になってきた、近頃そう思います。

 

でも、予備校講師になった今の自分、昔からは到底予想もしていませんでした。

むしろ、高校時代は、塾・予備校・学校なんてものを最も嫌っていました(苦笑)

 

 

 

小学生・中学生・高校生を経て、大学生・社会人、そして、仕事を通じて、生徒たちも、また、すべての人間は、自分の人生を生きる、いわば、「ストーリー」を作っていいきます。

皆が皆、ドラマティックで幸せばかりの人生を送るわけではありません。皆が皆、ヒーローやヒロインになるわけでもありません。

ただ、掲げた自分のビジョンを日々修正しながら、それでも必死に今日を見て、明日を見て、その先を見て、その結果が、その人の人生、つまり「ストーリー」になるのだと思います。

 

そもそもどうして予備校講師なのか?

そもそもどうして地元に帰ってきたのか?

 

冒頭の質問に答える意味で、また、整理の意味でもそのうちまとめてみる必要があるかもしれません。